プロフィール

「貴方が知っている僕はニセ京極渉かもしれない」
ノリで栃木県立栃木高等学校に入学し、勢いで栃木縣立栃木髙等學校應援團に入團したことによって、将来苦労することになる。
早稲田大学スポーツ科学部に進学後は応援部の門を叩くも、応援性の違いから3ヶ月で除籍。
その後程なくして名も無き應援團を結成。
一般的な学生より長い年月を以て学問に向き合い、二流早大生として卒業。
無職時代、チョコミントを克服し、その魅力を知る。
なんやかんやあって今に至る。
比較的まともに見える略歴は鯨屋商店からご覧いただけます。